食文化を比べる · 新潟県と香川県

米どころ新潟とうどん県・香川、主食の文化はどう育った?

米の料理が豊かな新潟と、うどんで知られる香川。土地を代表する食べ物は、そこで採れる穀物だけで決まるのだろうか。新潟での米の使い方と、香川で変わってきた小麦の調達先を見ると、料理を受け継ぐ仕組みが見えてくる。

いま、どれだけ収穫されているか

農林水産省の作物統計によると、2025年産の新潟県の水稲(子実用)収穫量は638千トン。香川県の農業資料では、同じ年の県内小麦収穫量は8,760トンだった。どちらも県内で収穫された量で、地元で食べられた量ではない。米と小麦という異なる作物の数字でもある。

新潟では大規模な米作が続き、香川でも小麦が作られている。ただ、現在の収穫量から、笹寿司やうどんが生まれた理由までさかのぼることはできない。そこで手掛かりになるのが、各地の料理の記録だ。

新潟では、米を寿司にもおこわにも

農林水産省の郷土料理記録には、笹の葉にすし飯をのせる笹寿司、長岡のしょうゆおこわ、笹で包む笹団子が登場する。同じ米でも、地域の食材や祝いの場に合わせて、いくつもの料理になった。

県内に目を向ければ、佐渡には海藻を使ういごねりもある。「米どころ」の一言では収まらない料理が、米を使う食文化とともに受け継がれている。

讃岐うどんを支えた麦、塩、いりこ、醤油

香川のうどんには、小麦以外の産物も関わっている。農林水産省は、冬の麦作に加え、遠浅の海岸での塩づくり、瀬戸内のカタクチイワシから作るいりこ、小豆島の醤油を挙げている。麺を打つ材料と、だしやつゆの材料がそろっていた。

中讃では米の裏作に小麦を育て、うどんや団子を季節の節目や祝い事に食べていた。どじょうと野菜を太めのうどんと煮る「どじょう汁」も、土地の食材を組み合わせた一皿だ。

小麦の産地が変わっても、うどんは続く

香川県によると、昭和30年代を境に、作柄の不安定さなどから、うどん用小麦の大部分を外国産に頼るようになった。その後、県は1991年にうどん向け品種の育成を始め、「さぬきの夢2000」の誕生につなげた。

新潟では米の使い方に幅があり、香川ではうどんを作る小麦の調達先が変わってきた。どちらにも、材料を加工し、季節の行事や祝いの席で食べる習慣がある。主食の文化は、穀物を育てる農業に加え、その土地での作り方や食べる場面にも支えられている。

資料の読み方。収穫量は2025年産の県別値。家庭の消費量や、個々の料理の成立を示す統計ではありません。

出典と関連データ