大坂、薩摩を経て琉球へ
沖縄県の資料には、江戸後期の北海道、薩摩、琉球、清国を結ぶ交易が記されている。農林水産省の食文化資料は、昆布が運ばれた経路を紹介している。北海道から北前船で大坂へ運ばれ、薩摩を経て琉球へ、さらに清国へ渡ったという流れだ。
琉球は、昆布が届く土地であると同時に、清国へ向かう交易にも関わっていた。北海道の昆布が沖縄の食卓にある背景には、こうした複数の地域にまたがる取引があった。
昆布を豚肉と炒め煮にする
「クーブ」は昆布、「イリチー」は炒め煮を意味する。戻した昆布を細切りにして豚三枚肉などと炒め、豚だし、醤油、砂糖を加えて煮含める。昆布はだしを取るためだけでなく、そのものを具として食べる。
この材料と作り方から、クーブイリチーは乾物の昆布と沖縄の豚肉調理が出会った料理と捉えられる。外から届いた食材を、土地の食べ方に取り入れた一例だ。
誰がいつ考案したかは、今回の資料からはわからない。交易の記録は食材が届いた背景を伝え、料理の材料と手順は、それをどう食べるようになったかを伝えている。
祝いの席にのる一皿
クーブイリチーは、結婚式などの祝いの料理でもある。農林水産省の紹介には、昆布を「よろこぶ」にかける説明が記されている。食材としての使い方に、お祝いの意味が重なっているのだ。
祝いの席で何を食べるかという習慣は、料理と土地との関係を考えるうえで大切だ。クーブイリチーには、材料や調理法に加えて、人々が喜びを表す場で供するという役割がある。
郷土料理を形づくるのは、材料の産地に加え、その土地での調理と食べる場面だ。昆布が沖縄の料理になった理由は、届いた後の使われ方にもある。